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気ままな日記


2010-03-15 撮り鉄さん気分

・ 撮り鉄さん気分

お世話になっているあけぼの薬局さんの新店舗下見で和歌山市に行く道中の事。

初めて南海電車に乗る為天下茶屋で乗り換える際、反対のホームにラピートが次々と入ってきました。

その瞬間、電車の顔が「鉄人28号」に見えたんです。

不思議な感動で思わずシャッターを切りました。

つい最近JRの夜行急行「能登」と寝台特急「北陸」が廃止になるとかで最後を惜しむ大勢の「撮り鉄」さんがニュースになっていました。

故郷石川の駅でもあり行き先や時代は違えどかつて自分も故郷を旅立った時の思いから懐かしくニュースを見ておりました。

しかしラピートを見たその瞬間多くの皆さんが電車に熱い視線を送ることが少し理解できたような気がしました。

話は鉄人28号のテレビ放送ですが・・・・

最終回の放送直後のナレーションで「いつか必ず帰ってきます」と言ったことをずっと何年も信じて待っていました。

それが社交辞令だとわかるまで何年も掛かったぐらい大好きだったので・・・

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2015-03-15 特別展洛中洛外図の時代

・ 特別展 京(みやこ)を描く洛中洛外図の時代

NHK京都放送局新会館オープン記念として京都文化博物館で開かれています。

六曲1双の屏風に京都の全景、政治体制や町衆の生活まで描かれたもので織田信長から上杉謙信に送られた狩野永徳作の国宝上杉本や重要文化財である秀吉の醍醐花見図屏風などがよく知られています。

古い文献には16世紀初頭越前朝倉氏が宮廷の絵師の土佐光信に京の景色を屏風にした記載があると案内にありました。

戦国武将の発案とは意外ですね。

展示品は多岐にわたり掛け軸や巻物を合わせると40〜50の作品があります。

入口で音声ガイドがレンタルされていたので試しに借りました。

あとになってみてもしもこれを借りなければさっぱりわからずに肝心の所を見逃すことがたくさんあっただろうと思い大正解でした。

解説は主な展示だけですが目で追いかけるスピードがついて行けずに何度も繰り返し聞いているうち気が付くと2時間をはるかに超えていました。

見学の中には小型双眼鏡で覗き込む姿がありさすが慣れていらっしゃるなぁと納得です。

この種の展示会では初めての経験でそれほどどれもこれも興味深いものでした。

よく登場するのは内裏、清水寺、方広寺、祇園社、二条城、北野社、東寺などですが金閣寺が金色でなくて扱いもそれほど大きくないのが意外でした。

路地で遊ぶ子供達、日常の町衆、宮中でのお公家さん、祇園祭の巡行、どれも描写が細かく見ようでは写真よりもリアルでした。醍醐の花見の秀吉の姿も亡くなるすぐ前の姿で絶妙な表情が描かれています。

24日からは後期になり一部入れ替えがあるようなので見逃せません。

それにしてもくたびれたぁ〜。

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2017-03-15 北野史跡散策

・ 北野史跡散策

日曜日、京都新聞記事を観て史跡ウォークに参加してきました。

足利義満の北山殿から北野を歩くという京都史跡ガイドボランティア協会さんの企画です。

会の歴史があるのでしょう皆さんおなじみの雰囲気で大勢参加されお天気もよくにぎやかな行進でした。

金閣寺を中心にした北山殿は南北が400m東西が600mで室町幕府の置かれた花の御所の8倍も広かったようです。

義満の死後ほとんどが失われ今は金閣寺だけなのでこの広さはあまり知られていません。

廬山寺通りと佐井通りの交差するあたりに惣門があり国内の要人はここを外国の要人はそのずっと南、一条通に有った大門からまっすぐに北へ向かったようです。

惣門から南を眺めるとまっすぐ緩やかに下り大きなお屋敷が並んでいます。

そういえばこのあたり総門町とか馬場とか地名に入っていますからその名残でしょう。

廬山寺通りの紙谷川に掛かる橋が昔は高橋と言われこのあたりに義満の愛妾「高橋殿」という女性が住まわれていたそうです。

ここが北山殿の南東角でお土居の堀になり洛中洛外の境です。

足利家の菩提寺等持院で解散しましたが天気もいいので北野天満宮へ満開の梅を見に行くことにしました。

白梅町付近は路地まで渋滞していて気が付けば全国車いす駅伝大会の交通整理でした。

手前でお昼を食べて午後は天神さんへ

帰りはバスが来ないので結局家まで歩くことになり約9kmのいい運動になりました。

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